人種差別

白人警官による黒人の殺害に関して全米で抗議活動あるいは暴動が起こっています。人種差別、特に差別により人が殺されることが起きたことは本当に悲しむべきことです。ただこれは米国の白人と黒人の間だけの問題ではありません。世界中で人種間の争いは歴史が始まってから続いています。日本人も無関係ではありません。多くの日本人が韓国人や中国人に対しての偏見や差別意識を持っているのではないでしょうか。逆もあると思います。メディアもそれを煽るかのような報道が多いのは事実です。白人に対しても憧れと共に一定の偏見を持っていることも事実だと思います。人種、伝統、文化の違いにより偏見は世界中にありそれが差別に結びついています。 

偏見をなくそう!と言っても簡単にできることではありません。心の問題だからです。心が変わらなければ頭でいくら自分を説得をしようとしても偏見が消えるわけではありません。人種や伝統、文化により人は違うことは事実です。そしてそれぞれの民族がプライド意識を持っています。プライドは必ずしも悪い訳ではないと思いますが自分とは違う人たちを見下すことはよくありません。偏見が自分の心にも存在することを認めた上で他の人種や文化を尊敬する気持ちを持つためには心が変わり、考え方が変わる必要があります。 

聖書ではすべての人が平等に作られたことを書いています。またそれぞれが神の作品として造られていることも書かれています。神はすべての人を愛しています。そしてお互いに愛し合う事(水平の関係)と神を敬愛すること(垂直の関係)が最大の命令として書かれています。横の愛だけでは偏見を乗り越えることができなくても神がどのような方かを理解し、敬愛する時に人間はそれぞれが神の尊い作品であることを学ばされます。神が愛している人間を自分も愛することが神への最大の愛情表現であることを覚える時に自分とは違う人たちを愛することに意味を見出すことができます。 

聖書では人間は進化により動物から人間が生まれたのではなく神が神の形(Image)で人間を創造された一人一人のが尊い存在であることが書かれています。最初の人間アダムとイブから生まれて来たすべての人間は兄弟であることが書かれています。 

「神はこのように人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し,男と女とに彼らを創造された。」 

また聖書の別の個所には以下のように書かれています。 

「国籍、人種、教育、社会的地位の違いなどは全く問題ではありません。大切なのは、キリストをしっかりつかんでいるかどうかです。そして、キリストを自分のものにする機会は、だれにも平等に与えられているのです。」 

偏見や差別を自分の心から取り除くことは非常に困難なことです。歴史上人間は常に偏見を持って生きてきています。このような難しいことも神を敬愛することにより心が変えられることにより可能であることを聖書は教えています。最後にもうひとつ聖書の言葉です。 

「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」 

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